古田織部と美濃焼

愛知県瀬戸市岐阜県東濃地方を
中心とする地域の焼き物は
古田織部と共に成長しました。
安土桃山時代に信長、織部
保護を受け、また織部茶の湯
デザイン指導によるプロデュースで
美濃焼の評価は最大に高まりました。
しかし1616年九州有田において
泉山石(白磁鉱)という磁器の
原料となる鉱物が発見され、
国産の磁器製品が生み出され、
さらに染付けや色絵を磁器に施した
優美な器は新しい茶陶の世界を創り出し
美濃焼は雑多の器へと追いやられ
ました。
再び美濃焼が見直されるのは
1930年荒川豊蔵により「志野筍絵茶碗」の
陶片が発見されてからと言う
人もいます。
美濃焼の代表的な器と評される
織部、志野、黄瀬戸は
今でこそ大変高い評価を得ていますが
長い間日の目をみない時期が
あったようですね。
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