織部正叙位

古田織部は1585年秀吉が関白に任ぜられるとともに、
従五位織部正(おりべのかみ)を叙位し、
山城国西ヶ洞3万5千石の城主となる。
つまり「織部」の名はこのときに賜ったもの
なんですね。
織部の幼名は不明ですが
文献に最初に登場する名が「影安」
つぎに「左介」「古左」そして「織部正重然」
となります。
織部正を賜った同年、織部は瀬戸(愛知県瀬戸市)の
名工十人を選びそれぞれに「窯印」を与えています。
これが「瀬戸十作」と呼ばれるものです。
実は信長も1563年に「瀬戸六作」と称して
名工六人に窯印を与えています。
信長と同様織部も美濃地方の窯業の保護と
ブランド化に大きな役割を果たしていたんですね。
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